「権限委譲あり」「経営の裁量は大きい」と書かれた求人で、その権限が本物かどうかは、求人票からは判断できません。文言を書いているのは多くの場合、人事担当者か仲介会社であり、権限を実際に決めているのは別の人だからです。
確かめられるものは3つあります。決裁規程で「最後に承認する人」が誰になっているか、取締役会が何人でどう構成されているか、そして株式が誰にどれだけあるか。この3つが一致していない会社では、求人票にどう書いてあっても権限は動きません。
以下では、なぜ求人票の「権限委譲」が当てにならないのかという構造から入り、権限が3層に分かれていることと、面談でその3層をどう確かめるかを順に書きます。
求人票を書く人と、権限を決める人は別人である
経営ポジションの募集文は、たいてい社長室・人事・あるいは依頼を受けた仲介会社が書きます。彼らは「どういう人に来てほしいか」は知っていますが、就任後にどの決裁がその人の名前で通るのかは知らないことが多いのです。
権限の実態を決めているのは、社内の決裁規程と取締役会規程、そして株主構成です。これらは募集の前に作られていて、採用のために書き換えられることはまずありません。つまり「権限委譲あり」という一行は、採用側の希望か、採用のための訴求であって、設計の記述ではないということになります。
もうひとつ、採用の現場で繰り返し見える構造があります。「権限委譲」が募集文の目立つところに置かれている会社は、委譲がまだできていない会社であることが多い。委譲が当たり前に回っている会社では、それは売り文句になりません。わざわざ書くのは、社内で「今度は任せよう」という話が出たばかりの段階だからです。その話が規程や取締役会の構成にまで降りているかどうかが、就任後の分かれ目になります。
これは採用側が嘘をついているという話ではありません。希望の段階と、設計が終わった段階が、同じ言葉で表現されてしまうという構造の問題です。だから候補者側で層を分けて見る必要があります。
権限は3層に分かれていて、下の層が上の層を上書きする
経営ポジションの「権限」は、性質の違う3つの層でできています。混ぜて議論すると必ずずれます。
第1層:執行の権限
日々の意思決定です。いくらまでの支出を自分の判断で通せるか、部長以上の人事を自分で決められるか、組織の形を変えられるか、人を採れるか、辞めてもらえるか。求人票の「裁量」はほぼこの層を指しています。
ここで見るべきは金額の大小ではなく、稟議の最後に誰の印が必要になっているかです。決裁金額が1億円まで下りていても、そのすべてにオーナーの事後承認が付く運用なら、実質の決裁者は変わっていません。
第2層:機関の権限
会社法上の立場です。代表権があるか、取締役会で何を決議できるか、業務執行の委任がどこまで決議されているか。ここは規程と登記という形に残るので、唯一「読める」層です。
※業務執行の委任とは: 取締役会が「この範囲の業務執行は代表取締役に任せる」と決議して、個別の案件ごとに取締役会に戻さなくてよい状態を作ることです。この決議の範囲が、第1層の決裁規程の前提になります。
第3層:資本の権限
株主総会です。誰がどれだけ株を持っているか。この層は、第1層と第2層をいつでも上書きできます。株主総会の普通決議で取締役は解任できますし、取締役会の構成も株主が決めます。
つまり、決裁規程でどれだけ権限が下りていても、オーナーが議決権の過半を持っている会社では、その権限は「貸し出されている」状態です。貸し出しが悪いわけではありません。ただ、借りているという前提で設計を見ないと、1年目の終わりに「話が違う」ということになります。
面談で確かめる5つ
3層を確かめるために、初回から2回目の面談で聞けることを具体的に挙げます。どれも採用側が答えに窮する質問ではないので、聞いて関係が悪くなるものではありません。むしろ、この質問に答えられる相手かどうかで、その会社の準備の度合いが分かります。
1. 決裁規程を見せてもらえますか
全文でなくてよく、自分の席に関係する部分だけで十分です。見るのは金額ではなく承認のラインです。開示できない場合は、「私の判断で最後まで通る決定を、ひとつ例で教えてください」と聞き方を変えます。
2. 取締役会は何人で、どういう構成ですか
人数と、オーナー側・ファンド側・社内からそれぞれ何人かを聞きます。自分が就任したあと、議案に反対が出たら数の上でどうなるのかが分かります。社外取締役がいるかどうかも、ここで聞けます。
3. 株式は誰がどれだけ持っていますか。残りはどこにありますか
非上場会社では、創業家や元役員、取引先に少数株が散っていることがあります。少数株主の存在は、増資・株式報酬・将来の売却のすべてに効いてきます。自分に株式報酬の話が出ているなら、必ず確かめる項目です。
4. 前任者はなぜ辞めたのですか
答え方に情報があります。業績の話で終わるなら第1層の話、「合わなかった」「スタンスの違い」という言葉が出てくるなら第3層との摩擦です。同じ席に同じ理由で2人続けて辞めている場合、原因は人ではなく設計の側にあります。
5. 私の判断と、オーナー(またはファンド)の判断が食い違ったとき、最後はどう決まりますか
これがいちばん効く質問です。「そんなことは起きない」という答えは答えになっていません。食い違いは必ず起きるからです。「月次の経営会議で合意するまで議論する」「この領域は私が決めると決めてある」といった、手続きの形で返ってくるかどうかを聞いています。
権限が限定されている席を、それでも引き受けるとき
ここまで書いてきたことは、「権限が小さい席は受けるな」という話ではありません。実際には、権限が限定されていても引き受ける価値がある席があります。
ひとつは、委譲が段階的に設計されている場合です。「最初の1年はオーナーと二人で決める、2年目から決裁を移す」という順序が、時期と条件の形で決まっているなら、それは設計です。口約束との違いは、条件が書いてあるかどうかにあります。
もうひとつは、自分が取りに行く経験が第1層にある場合です。はじめて事業全体のP/Lを持つ、はじめて人員構成を自分で決める。そういう目的なら、第3層が相手にある状態でも十分に積めます。
危険なのは、第3層の権限を期待して入り、第1層の権限で我慢する羽目になる組み合わせです。報酬や肩書きが第3層に見合っているのに、設計が第1層しか用意していない席は、1〜2年で終わります。だから就任前に層を分けて確かめます。
非公開のポジションでは、権限の設計は案件ごとに違う
PEファンドの投資先や事業承継の局面で動く経営ポジションは、公開の求人媒体にはほとんど出てきません。そして、こうした案件では権限の設計が一件ごとに大きく違います。
投資直後で経営体制を作り直す局面なら第1層も第2層も広く渡されることがありますし、売却準備に入っている局面ではファンドの意向が強く残ります。オーナー企業の承継では、株式がまだオーナーにある状態で社長を任される形が普通にあります。どれも「権限委譲あり」と表現されますが、中身は別物です。
当社はこうした非公開の経営ポジションを扱っているため、案件を見るときは募集文ではなく、決裁規程・取締役会の構成・株主構成の3つを先に見ます。文言ではなく設計図で見るというのは、実務的にはそういう意味です。
次の席を考えている段階であれば、経営者としてのキャリアを考えている方へから、どういう設計の案件が動いているのかを確かめてください。すでに具体的なオファーが出ている段階なら、経営者のオファーレター・経営委任契約における罠で契約面の論点を、プロ経営者の求人はどこで動いているかで案件の出所の違いを確認できます。オーナー企業で権限が実際に移っていく過程については、オーナー社長から指名される外部人材の権限移譲で扱っています。
