合弁として設立された上場会社を非公開化する案件では、経営チームの要件定義を「誰を採るか」から始めると外す。先に書くべきなのは、株主が担っていた機能のうち、クロージングの翌日から空くものはどれかである。
合弁会社は設立の時点から、株主の機能を前提に設計されている。人を出す株主、売り先を持ってくる株主、プロダクトを供給する株主。その株主が持ち分を手放して降りると、持ち株だけでなく、持ち株に紐づいて無償で流れていた機能も止まる。止まった機能を誰が引き受けるのかを決めないまま社長の要件を書くと、「変革をリードできる経営者」という当たり障りのない一文になる。
報道された事実
マールオンラインの報道によると、AI導入支援やITコンサルティングを手がけるサークレイス(東証グロース上場)は、シンガポールの投資ファンドであるヒルハウス・インベストメント・マネジメントによるTOBを受け入れ、株式を非公開化する。買付主体はヒルハウスが設立した買収目的会社で、買付価格は1株2020円、公表前日終値885円に128.25%のプレミアムを乗せた水準。買付代金は最大90億円、下限は所有割合66.7%にあたる。
同社は2012年にパソナグループとアイルランドのTQUILA LIMITEDの合弁として設立され、2020年に現社名へ変更、2022年4月にグロース市場へ上場した。報道では、筆頭株主のパソナグループが所有する32.31%、第2位株主のTQUILA LIMITEDが所有する30.8%の、いずれもTOBへの応募が予定されているとされる。会社側は、株価や短期的な業績にとらわれず中長期の視点で経営改革を進めることを狙いとして説明している。
ここから先は公開情報からの推測であり、当事者の内部事情を知って書いているものではない。実在の企業・ファンドの判断を採点する意図もない。読み手が同じ型の案件を仕込むときに使える論点として、構造だけを取り出す。
合弁出身の非公開化が、通常のスポンサー案件と違う一点
通常の非公開化では、降りるのは市場の株主である。市場の株主は会社に機能を提供していないので、支配権が移っても事業のオペレーションには穴が開かない。穴が開くのはガバナンスとIRの側だけだ。
合弁出身の会社は違う。合計6割を超える持ち分を持つ事業会社二社が同時に降りる構造では、持ち株の移動と、機能の喪失が同時に起きる。しかも機能の喪失は契約書に現れにくい。株主間契約と業務委託契約に書いてあるものは引き継ぎ交渉の対象になるが、書かれていないもの——紹介、名前の貸し借り、人の往来、採用の供給——は交渉の議題にすら上がらないまま消える。
デューデリジェンスの論点としては、ここが数字に出るのは翌期以降になる。買った時点のP&Lは、まだ株主機能が付いている状態のP&Lである。
空きを数える4つの検査
要件定義の前に、次の4つを数字で押さえる。経営チームに何を求めるかは、この4つの答えで決まる。
1. 売上の何パーセントが、株主およびその紹介経由か。 顧客名ベースで洗い、株主本体・株主グループ会社・株主からの紹介の3つに分けて集計する。契約の更新時期も同時に並べる。ここが二桁パーセントなら、社長の最初の仕事は変革ではなく販路の張り替えになる。要件の筆頭は「新規開拓の再構築を自分の手で回した経験」である。
2. 採用の供給経路はどこか。 人材サービスを手がける株主を持つ会社では、採用が株主経由で回っていることがある。年間の入社者を経路別に分け、株主経由の比率を出す。比率が高ければ、CHROまたは採用責任者の席が、社長より先に埋めるべき席になる。ここを読み違えると、計画の人員数が埋まらないまま1年が過ぎる。
3. プロダクト・技術・商標のライセンスは誰のものか。 合弁の一方が技術やプロダクトを供給していた場合、持ち分が動いてもライセンス契約が残るかは別の交渉である。社名変更を経ている会社では、ブランドの帰属関係が整理されている場合もあるが、販売代理権や地域の独占条項は別に確認する。残らない前提で代替を作る必要があるなら、CTOまたはプロダクト責任者の要件が変わる。
4. 間接機能に相乗りがないか。 経理・法務・IT基盤・与信枠・保険・オフィス。親会社の仕組みに乗っていたものは、移行期間の猶予付きで切れる。猶予の長さと、内製化にかかる費用と人数を出す。ここが重い案件では、CFOの要件に「間接機能の立ち上げ」が入る。財務の人を採ったのに管理部門の構築ができず、半年で詰まる型はここから生まれる。
4つを埋めると、要件定義は自然に「作る人」に寄る。磨き込みの案件で書く「既存の仕組みを引き継いで伸ばす」型の要件とは、別の人材像になる。
選考で確かめること
この型の案件では、過去の実績の見方が変わる。売上を伸ばした経験よりも、供給が止まった状態から作り直した経験を見る。面接で使える問いは次のあたりである。
- 「売上の2割以上を占めていた経路が止まった経験はありますか。止まった日から、何を何の順番でやりましたか」——経路の張り替えは、順番を間違えると固定費だけが先に増える。順番を語れるかを見る。
- 「親会社や大株主の仕組みに乗っていた機能を、自社に作り直したことはありますか。費用と人数はどう見積もりましたか」——見積もりの粗さがそのまま初年度の未達になる。
- 「採用の供給元が一つだった組織で、二つ目を作ったことはありますか」——採用チャネルの自前化は、着任後100日で着手しないと翌期に効かない。
- 「前の会社で、株主が降りる局面に立ち会ったことはありますか。そのとき社内で最初に動揺したのは誰でしたか」——合弁出身の会社では、親会社から出向・転籍してきた層の去就が最初の論点になる。ここに触れられる候補者は、組織の実務を見ている。
あわせて、局面別に何を聞くかの整理は経営人材の面接で何を聞くかにまとめてある。本稿の問いは、そのうち「投資直後」の変種として使える。
レファレンスで聞くこと
レファレンスでは、候補者本人が語った「作り直し」が、本人の主導だったのか、組織に既にあった仕組みに乗ったのかを分ける。聞き方は、成果ではなく着手の順番を尋ねるのが早い。
- その経路の張り替えは、誰が最初に言い出したか
- 止めた取引・切った費用は何か。止める判断を本人がしたか
- 間接機能の内製化で、期限を守れなかったものは何か。どう報告したか
3つ目を嫌がらずに答えられる推薦者が出てくる候補者は、未達の扱いが上手い。この型の案件では、未達は必ず出る。
報酬と契約設計の論点
合弁出身の非公開化では、契約段階で先に決めておく項目が二つ増える。
移行期間の終わりを、誰の責任で定義するか。 株主から来ていた機能の代替構築は、期日が曖昧なまま走ると「まだ親会社に頼れる」状態が延びる。社長の目標に、機能別の内製化完了時期を入れるかどうかを、オファー前に決めておく。入れるなら、費用の裁量も同時に渡す必要がある。
旧株主から来ていた役員の処遇を、いつ誰が伝えるか。 出向・転籍組の役員がいる場合、新しい社長が着任してから整理すると、着任直後の100日が人事の後始末で埋まる。誰がいつ伝えるかを、支配権移転の前に決める。選考の最終段階で候補者にこの前提を共有しておくと、オファー後の辞退が減る。
報酬水準そのものは、この型だから高い・低いという話にはならない。効くのは、作り直しの成果が出るまでの時間と、評価の期間が合っているかである。初年度の業績で評価すると、張り替えの着手が遅れる。
着任後100日に置くもの
100日計画に入れる項目は、上の4つの検査の裏返しになる。
- 株主経由の売上の契約更新時期を一覧にし、更新交渉の担当を決める
- 採用の第二チャネルを立ち上げ、最初の入社者を出す
- ライセンス・商標・代理権の残存条件を確認し、残らないものの代替案を決める
- 間接機能の内製化計画を、費用・人数・期日で承認まで通す
この4つは、どれも「売上を伸ばす仕事」ではない。だから投資委員会の資料では後ろに回りやすい。しかし合弁出身の会社では、ここが遅れた分がそのまま2年目の未達になる。
経営者の要件定義を、事業計画ではなく「空く機能」から書く。これが、この型の案件でいちばん効く順番である。
非公開の経営ポジションを前提とした選考の設計についてはPEファンド投資先の採用に、候補者側の動きについては経営人材の登録にまとめている。
