事業承継の相談をすると、話はたいてい二択に収まります。親族か社員の誰かに継がせるか、会社を売るか。
しかし、株はご自身が持ったまま、社長の仕事だけを外から来た人に任せるという三番目の形があります。会社は残り、株主はオーナーのまま、日々の経営は別の人が担う。この形は昔からあるもので、特別な制度を使うわけでもありません。ただ、成立する会社と壊れる会社がはっきり分かれます。
本稿では、この形が何なのか、どういう会社で成立するのか、そして実際に壊れるときは何が原因なのかを順に書きます。
「株は持ったまま、社長だけ代わる」とはどういう形か
会社には、持っている人と動かしている人という二つの立場があります。中小企業ではこの二つが同じ人、つまり社長が株も持っているのが普通です。この二つを別の人に分けることを、所有と経営の分離と呼びます。
※所有と経営の分離とは: 会社の株を持つ人(株主)と、会社を動かす人(経営者)を別にする形のことです。上場企業ではこれが当たり前で、株主は株を持ち、経営は雇われた社長が担っています。中小企業でも同じ形は取れます。
この形を取ると、オーナーの手元には次のものが残ります。
- 株そのもの。 会社の持ち主であり続けます
- 配当を受け取る権利
- 社長を選び、交代させる権限(株主として、取締役の選任に議決権を持ちます)
- 将来、売るかどうかを決める権限。今は売らない、という判断も含みます
一方、外から来た社長が引き受けるのは、日々の意思決定と業績の責任です。価格交渉をして会社を手放すわけではないので、「残す」という言葉がそのまま当てはまる形になります。
なぜこの選択肢は、相談の場で議題に上がりにくいのか
この形をご存じない方は多いのですが、それは情報不足というより、相談の構造によるところが大きいと考えています。
第一に、相談先の収益の立ち方です。 M&Aの仲介会社やFA、銀行の事業承継部門は、株式の譲渡がまとまったときに報酬が発生する仕組みで動いています。悪いことではなく、それが商売の形です。ただ、「株は動かさず社長だけ入れる」という形は、その収益につながりません。したがって、提案の選択肢として自然に出てきにくい。相談先ごとに出てくる答えが変わる理由は会社を残す相談は、誰にするかで出てくる答えが変わるに整理しました。
第二に、オーナー自身が「社長=株主」の会社しか見たことがないということがあります。創業から数十年、社長が株を持っている会社しか経営してこなければ、分ける形は発想として出てきません。
第三に、「雇われ社長」という言葉の印象です。 腰掛けのような響きがあり、自分の会社を任せる相手として思い浮かべにくい。実際には、経営だけを専門に引き受ける人は一定数いて、その人たちは株を持たないことを前提にキャリアを組んでいます。
この形が成立する会社の4条件
どの会社でも取れる形ではありません。実務として、次の4つが揃っているかで判断が分かれます。
1. 売上が、社長個人の人間関係だけで立っていない
最も重要な条件です。主要な取引が「社長が長年の付き合いで取ってきたもの」に偏っている会社では、社長が代わった瞬間に売上が落ちます。外から来た人がどれほど有能でも、関係はすぐには移りません。
確かめ方は単純です。売上の上位10社について、「自分が行かなくても続く取引か」を一社ずつ分けてみる。 続く取引が大半であれば、この形は成立しやすい。逆に上位が自分の名前で取れているものばかりなら、まず関係を会社に移す作業が先になります。この作業には数年かかります。
2. 決算書で、会社の実力が見える状態になっている
オーナー会社の決算書は、税金を抑えるために作られていることが多く、そのままでは本当の収益力が見えません。外から社長を迎える場合、その人は決算書を見て引き受けるかどうかを決めます。実力が見えない会社は、引き受け手から見ると判断ができません。この整え方はオーナー会社の決算書は、税金を抑えるために作られているで詳しく書きました。
3. 株が揃っている
株が親族や元役員に分散していると、社長を選ぶ議決権が安定しません。外から迎えた社長の選任や、その後の方針が、株を持つ他の人の意向で揺れます。後継者が決まっても、株が揃っていなければ渡せないに集約の順番を書いています。
4. 個人保証を外す見込みが立っている
借入に対する社長個人の連帯保証は、社長が代わっても自動では外れません。オーナーが保証を負ったまま経営から離れると、責任だけが残って権限がない状態になります。この順番を間違えると、後から直すのが難しくなります。詳しくは会社を譲っても、社長個人の連帯保証は自動では外れないをご覧ください。
実際に壊れるときの3つの型
条件が揃っていても壊れることがあります。原因はほぼ3つに分類できます。
型1:指示の出口が二つになる
最も多い型です。新しい社長を迎えたあとも、オーナーが現場から直接相談を受け、その場で答えを出してしまう。社員にとっては、長年答えをくれた人に聞くほうが早く、確実です。悪意は誰にもありません。
しかし結果として、社員は新しい社長を通さなくなります。新しい社長は情報が入らないまま業績の責任だけを負うことになり、数か月で機能しなくなります。会長や顧問として残る場合に何を決めておくかは社長を譲ったあと、自分はどこにいるかに書きました。
対処は、オーナーが会社に関与しないことではありません。関与する場所を一つに決めることです。取締役会で意見を言う、月次の報告会で質問する。現場で即答するのをやめる。これだけで型1はかなり防げます。
型2:株を持たない人に、株主の責任だけを負わせる
外から来た社長は株を持ちません。つまり、会社の価値が上がっても、その分を受け取る仕組みが初期状態では存在しません。そこに「会社を成長させてほしい」という期待だけを乗せると、報酬と責任が釣り合わなくなります。
優秀な人がこの不均衡を見抜いて辞退する、あるいは着任後に短期の数字だけを追うようになる。どちらも設計の結果であって、人物の問題ではありません。
型3:任期と決裁権限が紙に書かれていない
「まあ、やってみてから決めよう」で始まる例が少なくありません。しかし、どこまで自分で決められるのかが曖昧なままだと、新しい社長は大きな判断を止めます。止めた結果として「思ったより動かない人だった」と評価されることになります。
契約段階で紙に書いておく5つ
上の3つの型は、ほとんどが着任前の取り決めで防げます。最低限、次の5つは文章にしておきます。
- 決裁権限の線。 金額(いくらまでは社長判断か)、人事(誰の採用・処遇まで社長が決めるか)、設備投資の3点は必ず数字で区切ります
- オーナーの関与範囲と、関与する場所。 取締役会か、月次報告か。現場での即答はしない、という取り決めまで含めます
- 任期と、何で評価するか。 1年目は何をもって合格とするのか。初年度から利益を求めるのか、立て直しの期間として見るのか
- 報酬の組み立て。 固定報酬に加えて、業績に連動する部分を置きます。さらに、将来一定の条件で株式の一部を買える選択肢を用意する形もあります。これは型2への直接の対処になります
- 最終的に売るかどうかを、誰がどう決めるか。 数年後に第三者へ譲る判断をする可能性があるなら、その権限がオーナーにあることと、そのとき社長をどう扱うかを先に書いておきます
迎える人をどう見極めるかについては外から来る後継者候補を、何で見極めるかに、経歴に書かれない点と面談で聞く質問をまとめています。
この形が向いているのは、どういうお考えのときか
整理すると、次のようなお考えのときに検討する価値があります。
- 親族にも社員にも、いま引き受けられる人がいない
- 会社は続けたい。社員の雇用と取引先との関係を残したい
- 売る判断を、いま決め切りたくはない。数年先に改めて考えたい
- 自分が現場に出る時間を減らしたい。ただし会社の持ち主であり続けたい
逆に、手元の資金を確定させることが一番の目的であれば、この形では解決しません。株を持ち続ける限り、資金化は配当か、将来の譲渡になります。その場合は譲渡を前提に考えるほうが筋が通ります。
まとめ
- 事業承継は「継がせる」か「売る」の二択ではない。株を持ったまま、社長だけを外から迎える形がある
- 成立の条件は4つ。売上が社長個人に依存していない、決算書で実力が見える、株が揃っている、個人保証を外す見込みが立つ
- 壊れる原因は3つ。指示の出口が二つになる、株を持たない人に株主の責任だけを負わせる、任期と権限が紙にない
- 防ぐ手立ては着任前にある。決裁権限・関与の場所・任期と評価・報酬の組み立て・売却の判断権を文章にする
この形は、相談先によっては選択肢として出てこないことがあります。弊社はPEファンド投資先や事業承継など、非公開の経営ポジションを扱っており、経営を引き受ける人を探す側の立場から会社を残す形を検討しています。考えはじめた段階での整理については後継者をお探しの方へをご覧ください。
